「ラギヨイ・アチントヤ(2) ~大いに可なり」
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ラギヨイ・アチントヤ(3) ~宇佐見若葉
カランカラン。思案にくれてると、店の方で来客を知らせる呼び鈴が鳴った。
この店、大可堂は基本的に看板が出ていないため、
表向きは単なる古ぼけた蔵にしか見えないはずなのだが…
まー、考えていても仕方ない。常連客なのだろう。
となると、少波(すくな)の婆さんを起こさなければいけないのだが、
起こせるのは夕梨か手児奈のどちらかなわけだが、2人とも入浴中。
いけない、いけない…これ以上客を待たせる方が失礼に当たる。
俺は、軍手を脱ぎつつ、慌てて店舗の方に走って行くと
宇佐見若葉(うさみ・わかば) 高校2年生 土成首里(となり・しゅり) 高校2年生
??「ごめんください。あ、土成くん、やっぱりいた。夕梨さんもいるの?」
首里「何だ、宇佐見か。ん? やっぱりいた? …ということは、客じゃないのか」
若葉「お客? ここ何? お店なの?」
首里「古道具屋。まー、普通は蔵にしか見えないからおかしいと思ったぜ。
で、夕梨に何か用なのか。でも、あいつ今、風呂に入っているから、
しばらく出てこないと思うぜ。」
若葉「お風呂? ははーん、もしかして、私、お邪魔? というか、此処が夕梨さんの家なの?」
首里「? 何、考えてるんだ? というか、おまえ、どうやって此処に俺や夕梨がいるって分かったんだ?」
若葉「質問に質問で答えない。まーいいか。私が、此処に来たのは、表に夕梨さんのバイクと
土成くんの自転車が止まっていたからだよ」
首里「なるほどね。まー、立ち話もなんだから、あがっていかね? 茶菓子くらいなら出すぞ。」
若葉「へへー、じゃー、お言葉に甘えて。ということは、土成くんの親戚のお店なの?」
首里「ブブー、どっちもハズレだ。此処は、大可堂という…、
おまえ、手児奈か少波の婆さんに会ったことあったけ?」
若葉「えーと、聞き覚えあるような。あ、出来たら、そっち行きなくない」
首里「ん? どした?」
若葉「そっち、何か、嫌な気配するから。お店でいいよ」
俺は、茶の間に案内しようとしたのだが、先ほどまで俄雨まで巣食っていたところである。
俺のクラスメートでもある宇佐見若葉(うさみ・わかば)は、その俄雨が今の姿になる前に
危うく母胎にされかかったので、この反応も無理はないのだが、はて?
でも、何で、それが俄雨の居所が分かる事になるんだ?
首里「分かった。じゃー、茶菓子持ってくるよ。あ、でも湯を切らしてたな。すまん、少し待っててくれるか」
若葉「うん。待ってる。ここ、何か面白そうなものいっぱい転がってるし見てる。」
そう言うや否や、キキー。先ほど目覚めたコウモリが宇佐見、目がけて飛んできた。
悲鳴でも上げるかと思えば、すかさずカメラを取り出しフラッシュを焚く。
若葉「あー、ビックリした。やっぱり、別の場所に行こう。」
首里「と行っても、後は台所くらいしかねーぞ。少し散らかってるけどな。」
若葉「いいよ。お湯も沸かせるし。あっちは絶対ヤダ。」
というわけで、若葉を連れて台所に移動することになったが、当然先ほどの状態なので、
2枚のガラスのジクソーバズルが新聞紙を引いた床に置いてある惨状に。
若葉「どしたの、これ? 土成くんが割ったの? 後、マヨネーズ臭い」
首里「割ったのは夕梨。マヨネーズは多分、手児奈のヤツだな。嫌なら、茶の間に…」
若葉「それは、絶対嫌。それより、お湯沸かそう。このヤカン借りてもいいよね。」
首里「おう、頼む。それじゃ、その間に菓子取ってくるわ。適当に座っててくれ。」
若葉「うん」
ポットと湯呑に急須、茶葉そしてセンベイの入った木皿を下げて茶の間から戻ってくると、
若葉はカメラのファインダー越しに台所を見まわしていた。試しに聞いてみる。
首里「何か、面白いものが見えるのか?」
若葉「そーね。さっきのコウモリが此処に入ってきたのね。
それで、ビックリした夕梨さんが叫んで、ガラスが割れたから小っちゃい娘が泣いたのね」
首里「よく分かったな。そのカメラ、一体どうなってるんだ?」
若葉「さー? でも、あの日、寝込んでから、
急に、このカメラ越しなら色々見えるようになったんだよね」
首里「色々って?」
若葉「ねー、土成くん、匂いが粒子ってこと知ってる?」
首里「おう、知ってるぞ」
若葉「だから、私、残り香とか気配が見えるようになったみたい。」
言葉足らずだが、言わんとしていることは分かる気がする。
さっきの例で言うと、コウモリと夕梨、そして手児奈の身長差を、
それぞれが発散していた微粒子で察したということなのだろう。
問題は、それぞれの起こした行動や感情まで理解したということ。
感情にも色のようなものがあるのだろうか? その疑問をぶつけてみることにした。
首里「なー、もしかして、感情にも色があるのか?」
若葉「詩的(?)な言い方だね。うーん、強烈な感情は、その場で焼きつけられるみたい」
地縛霊みたいなものだろうか?
道教では、人間の霊魂には魂と魄(はく)という二つの異なる存在があると考えられていた。
魂は精神を支える気、魄は肉体を支える気で、合わせて魂魄(こんぱく)で
民間では三魂七魄の数があるとされていた。
そのうちの、七魄は喜び、怒り、哀しみ、懼れ、愛、惡しみ(にくしみ?)、欲望からなる。
つまり、若葉が見ているのは、七魄なのかもしれない。
若葉「ふふ、なんてね。普通、こんなこと、真面目に聞く人いないよ。思わず語ってしまいました。」
首里「いんじゃね? 此処は、何でも受け入れる大可堂だからな。」
そうこうしてる間に、湯が沸いた。ヤカンからポットに湯を移し、さらに急須に移そうとすると、
若葉「あ、ちょっと待って」
とポシェットから取り出したのは、紅茶のティーバック。たまには、いいか。
というか、紅茶にセンベイって、合うのだろうか?
首里「何? いつも持ち歩いてるのか?」
若葉「何なら、コーヒーもあるよ。けど、普段はポット持ってないから、なかなか飲めないけど。」
会話が途切れたので、宇佐見の持ってるデジカメを見せてもらう。
こっちは、さっき宇佐見が使っていたカメラではない。
あっちは、宇佐見にとって身体の一部、言わば眼球みたいなものなので、
おいそれとは、貸してはくれないらしい。
首里「相変わらず、雲ばっかし撮ってんな」
魂という漢字は、毛髪が残った白骨死体(鬼)と、
霞(かすみ)や靄(もや)的な意味合いの雲を現す(云)の文字からなる。
普段から、雲のようなあやふやなものを追っかけてるから、
宇佐見は人の感情の残滓を読み取ってしまうのかもしれない
若葉「土成くんだって、風景ばっかし描いてるでしょ」
首里「まーな。けど、あんまり変な場所を撮るなよ」
若葉「大丈夫だって。最近の私、勘がいいもの。」
首里「君子危うきに近寄らず…の心がけは立派だけど、
危険っていうのは、思わぬところに潜んでるものだからな。
そうだな。シンガポール・スリング(1993年)って映画知ってるか?」
若葉「知らない。どんな映画なの?」
首里「新婚旅行に海外に出かけたカップルが、背景に軍事施設を撮ってしまってために、
スパイ容疑をかけられて、無実の罪で刑務所に収監されてしまう話。
(最後、どうなるか忘れた。多分、脱獄してた気はするけど。徳永英明監督作品)」
若葉「でも、此処日本だし。それに、いざという時には助けてくれるっしょ? 土成くんが」
首里「まー、クラスメートだし。俺のできる限りならな」
若葉「へへへ、頼りにしてるよ。ところでさ、夕飯、お鍋なのかな?」
首里「みたいだな。いけね、コンロや皿を用意しとけって、言われたんだっけ」
若葉「お尻にひかれてますな。ヒューヒュー。あのさ、手伝うからお呼ばれしていってもいい?」
首里「誰が誰のにだって? たく、材料はあるだろうから、切ればいいんじゃね」
若葉「ひひひ、ラッキー」
てな訳で、茶菓子も食いあきたので、夕食の支度をはじめる。
そうこうしているうちに、急ににぎやかになってきた。
ドタタタタ… ”待て待てー”と手児奈の声が聞こえる。
待て? 何に対して? と、その正体を思いつく前に走ってくる。
そのまま、宇佐見のスカート下に潜り込む。助けてやりたいが、
包丁を持ったまま宇佐見がジタバタしてるため、うかつに近づけない。
そうこうしている間にバスタオル姿の手児奈が俄雨を捕まえる。
しゃがんだ途端に、はらりと解け、一糸まとわぬ姿に。
当たり前だが5歳児のヌードを見ても何とも思わないので、
そのままタオルをかぶせて俄雨を引き取る。
脱衣場に連れて行こうとしたら、19歳の女子大生(夕梨)も同じく
バスタオルだけで走って来ていた。己も中身は5歳児か#
息も絶え絶えの宇佐見にとって、俄雨と一瞬でもいる方が
生きた心地がしないらしい。仕方なく、茶の間に引きこもることにした。
その後、4人と1匹で楽しい鍋をしたのは言うまでもない。
次回は、俺と夕梨の出会い。そして、宇佐見とのなれ初めでも話すか。
(夕梨と大可堂との関わりは、今一まとまらないので) 全く違う話になりました。
ラギヨイ・アチントヤ(4) ~九日旭 に続く。
http://namiokasougo.blog.shinobi.jp/Entry/164/
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